MTBとの出会い
大学・就職としばらく自転車に乗らない日が続いた。しかし、自転車に対する思いはどこかに残っていた。







































 大学生になって、自動車の免許を取ってからは自転車には文字通り乗らなくなった。しかし、自分の力だけで、燃料も必要とせずに移動できる自転車という乗り物に対する思いは消えていなかったように思う。で、かつての自転車に対する思いが復活したのは社会人6年目のある日のことだった。当時一人暮らしをしていたうめ吉は、ママチャリを近所の買い物用に購入し、乗っていた。しかしある日、出張先まで旅費を浮かすべく、自転車で行ってみようと思い立った。そしてそのもくろみは見事に失敗! シフトチェンジできない重いママチャリは、次第にうめ吉の身体を弱らせていき(当時は酒ばっかり飲んで運動不足だっただけかも・・・)、おまけに雨まで降ってきてくたくたに・・・。結局泣く泣く家へ引き返し、車で出直したのだった。

 この時の悔しさ! かつて自転車通学でならしたはずなのに! この屈辱が一気にスポーツタイプの自転車購入を決意させた。で、さっそく自転車選び。当時はもうすでにMTBが市場に出回っており、近所の子どもたちも乗っていた。それまで子供の乗り物だと思っていたMTBが、見ていたら突然欲しくなった。欲しいと思ったらすぐにでも欲しい! この赤ん坊級のこらえ性のなさで近所の自転車屋に走っていった。その頃はMTBの発祥地がアメリカで、4大メーカーなんていうのもあってなど、知る由もない。で、結局その自転車屋はミヤタの特約店だったので、6万円弱ほどの「リッジランナー」にした。ミヤタはオフロード車をMTBとは呼ばず、ATBと呼んでいた。これには何とフロントにサスペンションが付いていた。それまでサスペンションなんて見たことの無かったうめ吉は驚いた。今思えばサンツアーのエア式のおもちゃみたいなものだったが、うれしくて年甲斐もなく歩道の段差をこれ見よがしに越えたりして遊んでいた。

 それからというものは職場にまで自転車を持っていく始末。片道40qほどの職場まで往復したこともしばしば。近所の山を走り回り、車に積んでMTBコースを走ったり。そして必然の流れともいうべきパーツのグレードアップ。夜な夜なアパートの台所でチューンアップをし、気が付けば夜中の2時なんて事もしばしば。翌日の勤めはきつかったけど、充実していた。初めて「これが本当に俺の求めていた趣味だ〜〜!!」という思いでいっぱいだった。以来職場に出入りしている書店に「サイクルスポーツ」を毎月届けてくれるように頼み、読みふけったのだった。

 さて、この想い出多きミヤタのATBだが、結婚後の引っ越しを機に廃棄処分。後半はもう自転車いじりの練習台となっていたが、この一台が自分の生活を変えた。そして、その代わりにうめ吉の元へとやってきたのが、世界初の量産MTB、スペシャライズドのスタンプジャンパーだった。たまたま上野クラシックに出かけたとき、店長から見せられた青く輝くフレームにスタンプジャンパーの文字。フロントにはリッジランナーに付いていたサンツアー製とは別物のロックショックスのサスペンション。コンポーネントはシマノのデオーレXTが中心で、アビッドのブレーキレバー。グリップシフトも初めて見るものだった。「う〜ん、欲しい・・・」 しかし値段は18万くらい(定価は22万)。「とりあえず女房と相談して、買えそうだったら連絡します!」と言い置いて店を出た。

 さて帰りの小田急線のロマンスカー中。我慢できなくなったうめ吉は車内から自宅へTEL。説得に説得を重ね、ようやく奥さんから許可を得ると、そのまますぐに上野クラシックに電話。自宅へ送ってくれるように手配し、めでたく購入と相成ったわけ。

 そして届いたスタンプジャンパー。もう言うこと無し! 
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