●父の背中
芥川龍之介の短編、『少年』の中に、「死」という一節がある。主人公である「保吉」が4歳の頃を回想している形式で、ふとしたことから人間の「死」について考えるといった内容になっている。もちろんまだ4歳の保吉にとって、「死」の何たるかが分かるはずもない。そこで彼は父親から聞かされた蟻の死についてのたとえ話にも納得できず、自分なりに「死」について漠然と考え続けていたわけである。
そんなある日、保吉は父と一緒に風呂に入っていた。そこへ女中がやって来て父に用事だと言う。「分かった」と言って父は保吉にまだ入っているように言い置き、風呂から上がっていく。ふとその父の後ろ姿を見送った保吉は、「死」というものについてはっきりと自分なりの解釈をするのである。そのくだりはこんな風である。
【父の髪はまだ白い訣ではない。腰も若いもののようにまっ直である。しかしそう云う後ろ姿はなぜか四歳の保吉の心にしみじみと寂しさを感じさせた。「お父さん」――一瞬間帆前船を忘れた彼は思わずそう呼びかけようとした。けれども二度目の硝子戸の音は静かに父の姿を隠してしまった。あとにはただ湯の匂に満ちた薄明りの広がっているばかりである。
保吉はひっそりした据え風呂の中に茫然と大きい目を開いた。同時に従来不可解だった死と云うものを発見した。――死とはつまり父の姿の永久に消えてしまうことである!】
先々週の木曜日、父が亡くなった。かねてから病気ではあったが、4月の末ににわかに病状が悪くなり、入院を余儀なくされていた。いつものように自転車で出勤し、職場に着いたとたんに身内から緊急の電話。すぐに病院へ行くようにとのことだったので、その日の業務の段取りを付けてから急いで最寄り駅から電車に飛び乗り、新幹線に乗り換えた。無事看取ることが出来、その安らかな最後からは多くの啓示を得た思いだった。その後は葬儀の慌ただしさの中に放り込まれ、じっくりと父の死に向き合う時間がなかったが、それでもその喧噪の中で、時折父の死を寂しく思う時間が訪れるのである。
父の死・・・。思えば父から人生のアドバイスを受けた覚えはあまりない。しかし父は常に黙って背中で語っていたように思う。基本的に口数は少なく、毎日の激務をこなしながらも愚痴は一切聞いたことがなかった。ほめられた記憶もあまりない。釣りや山登りに連れて行ってもらったことはあるが、その時もただ「行くぞ」と言われるのみで、こちらの都合が聞かれたことはなかった。そう言われればとにかくついて行くしかないわけだが、それでもとてもうれしかったのを覚えている。
自分が望むと望まないとに関わらず、父の影響はやはり大きかった。進学や就職の際に、自分でも驚くほど父の影響の強さを思い知ったものだった。そして今またどんどん父の趣向に近づいている自分を見いだすのである。
数ヶ月前、自宅で闘病生活を続けていた父親のもとに、自転車で出かけたことがあった。自宅からは片道45km弱。MITISを飛ばして湘南海岸を駆け抜けた。ヘルメットにジャージ姿の自分の姿を見て、珍しく父は目を細め、心なしか嬉しそうな顔をしていた。おそらく父は内心でこう思っていたのではないか。自分の息子が趣味を持っていて、仕事だけでなく人生の楽しみを謳歌している・・・。そんな姿を見てほっとしたのだろうと思う。40歳を過ぎているいい大人ではあるが、父のそんな顔を見て誇らしい気持ちになった。やはりいくつになっても親子は親子である。その時の父の表情は、ここ数年で見た中で一番印象的なものであった。
父の死から2週間。まだまだ悲しみは癒えず、毎日の自転車通勤でも頭の中は父のことでいっぱいだ。それほど「父の姿の永久に消えてしまうこと」はあまりにも衝撃的な出来事だったのである。
いつかは誰もが通る道。しかし今は父の存在の大きさを思い知るばかりだ。父の姿から見習わなくてはならないことは山ほどある。


コメント
心よりお悔やみ申し上げます。
あるいはと思っておりました。落ち着くまで、ご無理をなさらぬよう希望致します。
Posted by: SFK | 2007年05月31日 01:02
まずは御尊父様のご逝去に対し、心よりお悔やみ申し上げます。
私の父はまだ健在ですが、歳を重ねるに付け思い巡らす時があります。
親父の存在は確かに大きいですね。幾ばくか受け継いだ物はあっても追い付く事すら侭なりません。
御心痛とは思いますがくれぐれも御自愛下さいますよう。
Posted by: 藤之助 | 2007年05月31日 01:32
謹んでお悔やみ申しあげます。
GW以降はご親族と交代で看病なさっているかと想像していました。
日記を拝見して、父の母親が世を去った直後、父が初めて交通事故(車道に飛び出してきたお年寄りの自転車に接触)を起こしたことを思い出しました。
どうぞしばらくの間はご無理なさらないでください。
Posted by: まつあに | 2007年05月31日 10:52
謹んでお悔やみ申し上げます。
どうぞご無理をなさらずに。
Posted by: たけ | 2007年05月31日 22:14
心よりお悔やみ申し上げます。
この日記を記すまで、お父様についてずっと想いをめぐらされていたのですね。
息子が立派に成長し、幸せな人生を歩んでいるのを確認できてお父様も幸せだったことでしょう。
ご冥福をお祈りします。
Posted by: くろだ | 2007年06月01日 21:08
心よりお悔やみ申し上げます。
落ち着くまでゆっくりして下さいね。
ムリなさらぬように・・・
Posted by: つっち~ | 2007年06月01日 22:00
「40歳を過ぎているいい大人ではあるが、父のそんな顔を見て誇らしい気持ちになった。やはりいくつになっても親子は親子である。」
すばらしいお父上だったのですね。ご冥福をお祈り申し上げます。
Posted by: >゜しゃん彡 | 2007年06月01日 23:07
今頃知りました。
心よりお悔やみ申し上げます。
子供よりも親が先に逝ってしまうのは順番なので仕方が無いことです。最後を看取られて、お父様も幸せだったのでは無いでしょうか?
うめ吉さんにそのように思われていたお父様は、父親としてとっても幸せだった様に感じます。
うめ吉さん、無理せずゆっくりしてくださいね。
Posted by: Lee | 2007年06月25日 11:15
心よりお悔やみ申し上げます。
長い時が過ぎ、今更ながら事情を知り、なんと申し上げたらいいか・・・・。
どうか、どうか、ご自愛ください。
Posted by: りゅう | 2007年08月30日 03:39